菅兄の証
救われる前の私
私たち家族は、3年前まで札幌に住んでいました。その地で、妻はクリスチャンになりました。そのおかげで、クリスチャンの方々と接する機会が増えました。彼らと接するたび、心が温かく、純粋で、人間的に尊敬できる人たちだなという印象を持ちました。
しかし、ひとたび信仰の対象であるキリスト教について語り合うと、私が、今まで学校や、俗世間から学んだこととは、かけ離れたことばかりで、話を聞いてもどうしても納得のいくところまでいきませんでした。私は、この人たちとは考え方が根本的に違っていて、信仰の世界に歩み寄ることは並大抵なことではないなと思いました。もちろん、妻とも同じような議論をしました。妻とはもっと本音で話し合うため、信仰を持てずにいる自分が脅かされているような気持ちになり、つい否定的な言葉を投げかけて、たびたび悲しい思いをさせてしまいました。私は、自分がそれなりに幸せだと思っていたため、特に宗教に頼る必要もなく、毎日過ごしていければいいじゃないかという考えを持っていました。それに、聖書を読むことや、礼拝に出席することがめんどうくさいとも思っていました。それで、私は、キリスト教というものと一定の距離を置きながら、毎日を過ごしていました。
そんなある日、仕事の関係で札幌から横浜に住むことになりました。横浜に来ても、クリスチャンの方々と接する機会が数多くあり、やはり人間的に尊敬できる方々でした。横浜では、グレッグ先生の英語教室を通して、聖書を知る機会がありました。私を含め、ノンクリスチャンの方々と共に学びましたが、やはりその方々も札幌で私が感じたことと同じ感覚を持ち合わせていました。例えば、神様がいるのになぜ世界は戦争ばかりしているのか、罪もない人々がなぜテロなどで死んでいくのか、それに対する明確な答えは、そのときは、聖書から学びとることができませんでした。
変わるきっかけ、出来事
札幌にいるときと同じようにキリスト教から一線を引いて横浜での日々を過ごし二年半が過ぎたころ、渡航経験が少ないにもかかわらず仕事の関係でアメリカに一ヶ月ほど行くことになりました。慣れない土地での生活、仕事上での悩みなどもあり、電話で妻に相談するたびに、「毎日、とにかく神様に祈ってみたら」という答えが返ってきました。私は、一ヶ月間、わらをもつかむ気持ちでイエス様の御名を通して祈りつづけました。その結果、環境が変わると体調を崩すことの多い自分が、病気にもならず、危険な目にも遭わず、仕事も無事に終えることができました。そのときには、たしかに神様の存在を感じ、感謝の気持ちでいっぱいでした。ところが、帰国して数日すると、その感謝の気持ちは、薄れていたのです。
とはいえ、キリスト教とは何なのか知りたいという気持ちが少しずつ芽生え始めた、数ヵ月後、妻のおなかに一つの命が宿っていることがわかりました。私は、念願の第二子ができたことを心から喜びました。ところが、病院での検診の結果、発育不良であることがわかりました。それを聞いたとき、今、自分にもできることが何かないだろうかと考えてみました。自分は、医者でもないし、できることといったら、神様に祈ることしかありませんでした。アメリカで、願いを聞いてくださったのだから、同じように今回も祈ってみようという気持ちになりました。その数日後、クリスチャンである中島自動車工業の会長である中島さんのお話を聞く機会を得ました。その内容は、自分がなぜクリスチャンになったのか、クリスチャンになった後どうなったのかといったものでした。あり余るお金を遊ぶことにつぎ込んでいたのが、神様の存在を知ることにより、有益に使うようになり、今では、大きな老人介護施設を建設するに至ったということを中心にお話しくださいましたが、その中でも、特に印象に残っているのは、祈る者には神様は悪いようにはされない、求める者には必要を満たしてくださるという内容のお話でした。さらに、茶目っ気たっぷりに、「損することといえば、日曜日の礼拝と水曜日のセルグループの時間を拘束されるのを我慢しなくちゃいけないだけで、他は得をすることばかり!」という言葉でした。これを聞いて、なんとなく重たく感じていた信仰の世界を、もっと自然なことなんだと思えるようになりました。仕事の都合上、日曜日は休める環境なので、とにかく日曜日礼拝に出て、おなかの子が無事生まれるように祈ろうと決心しました。
それからは、毎週日曜日の礼拝に通うようになりました。みなさんにも、共に祈っていただきました。しかし、残念ながら今回、おなかの子は、生まれてくることはありませんでした。とても悲しい思いをしましたが、私にはイエス・キリストを憎むどころか、なぜ、この祈りが届かなかったのか、このことにどんな意味があったのかを、もっと知りたいという気持ちが生まれていました。
そんなある日のことです。私は仕事上の悩みを抱えていました。ある仕事で、パートナーに指示を出さなければならない立場にあったのですが、相手は事細かに指示を求めるタイプ、私は概要のみを伝えて、あとは臨機応変に判断して対応してもらいたいと思うタイプで、その部分においてギャップがありました。その時点では、相手のペースに流されていて、このままでは仕事が思うようにはかどらず、すべてを自分で引き受けたほうがよほど効率的だとさえ思える状態でした。そこで、そのことをどうすべきか、神様に委ね、祈ってみることにしました。そのときです、私の心の中にふっと「そんなに悩まず、自分のペースでやってみたらどうだろうか」という思いつきとも違う、不思議な想いが芽生えたのです。とても不思議な感覚でしたが、これが神様との交わりなのかなと率直に思いました。そして、早速実践してみようと思った矢先に、相手の都合でその仕事を私ひとりで請け負うことになったのです。若干の負担は増えましたが、自分のペースで仕事を進めることができるようになり、休日家族との時間を持つこともできるようになりました。このことがきっかけで、イエス・キリストを信じてみようと思うようになりました。
信仰を持った後の私
イエス・キリストを受け入れた後、クリスチャンの方が今まで話していたことを素直に受け止めることができるようになっていました。というのは、今まで自分が知らなかったことを、次々と知ることができたからです。やはり、最も驚いたのは、罪の捕らえ方でした。私が、今まで思っていた罪とは、法を犯すことや、道徳的によくないことをすることだけでした。ところが、キリスト教における罪とは、神様を知らないことだということを知りました。
また、苦しいときの神頼みだけでは、神様は祈りを聞いてくださらないということも学びました。それでも、アメリカでの祈りは苦しいときの神頼みではありましたが、神様はきちんと願いを聞いてくださいました。そのことは、ヨハネ16章24節 「あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことがありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。」という箇所を読んだときに、あのとき、イエス様の御名によって心から祈り求めたことがよみがえり、まさに、この聖句にぴったりだと思いました。改めて、神様の寛大さを想います。また、新しい命が、この世に誕生することは叶いませんでしたが、神様の深いご計画により、私自身がこうして新しく生まれ変わることができたことに心から喜び、感謝しています。
今では、日々の生活に祈りを取り入れ、賛美、告白、感謝、願いを心がけています。それでも、会社など俗世間に出ると、これらのことを忘れがちな弱い自分がいることも確かです。これに対しては、日曜日の礼拝に続けて通い、聖書から神様のみことばをいただき、信仰をしっかりと保ち、霊的に成長することができるように神様に求めていきたいと思います。
自分の今までの人生を振り返ると、特に悩むべき問題もなく、幸せな人生を歩んできました。それを思うとき、神様を知らずにいた自分をもここまで守り導いてくださったことを知り、その深いあわれみに感謝するばかりです。これからは、どんなことがあろうとも、神様を中心にした、本当に幸せな人生が待っていることがこの上ない喜びです。また、自分だけでなく、まだ神様を知らずにいる家族や友人たち、周りにいるすべての人々が神様と出逢い、この喜びを分かち合えるようにと願います。
最後に、受洗することが決まってから、その準備をしようとすると、風邪をひいたり、足を捻挫したりといった小さなハプニングがありましたが、こうして無事洗礼までたどりつくことができました。祈り導いてくださった鄭先生、接して祈ってくださったクリスチャンの方々、そして、妻と子どもを私に与えてくださった神様に心から感謝いたします。