中川姉の証
待ちに待った洗礼の日が来ました。
今、皆さまの前で証できることを感謝します。
私は兵庫県の尼崎市と言うところから主人の転勤で都筑区にやってきました。
全く見ず知らずの都筑区に引っ越すという不安もありましたが、それより、「やっと尼崎から離れられる!」
という安堵感の方が強かったです。
なぜ尼崎からそんなに出たかったのかというと、結婚して新築マンションを買い、主人と幸せに暮らそうと
思っていた矢先に、私の上に住んでいる住人とトラブルになり、それがもとで嫌がらせをうけるようになりました。
嫌がらせの種類は多岐にわたりましたが、やはり印象に残っているのは、頼んでもいない商品が家にどんどん届く、
朝から晩まで騒音を立てられることです。約7年弱嫌がらせに耐えましたが、もうこれ以上、このマンションに住むと
私達家族の健康に被害が出ると思い、体力、精神力の限界で家を出ることになりました。
マンションが売れればいいのですが、マンションの価値は何分の一にも下がってしまい、まとまったお金もなく、
売るに売れないので貸すことにしましたが、上に変な人が住んでいる家など誰も好きこのんで借りる人はいません。
マンションのローンを支払いながら、また別の部屋を借り、家賃を払うという2重払い生活を余儀なくされることになりました。
住宅費だけで20万円の支払いとなりました。
いろいろ神社を巡って祈ったり、朝早く起きて、お不動さんにまいったり、風水や占いに頼りましたが、何の結果も出ず、
「あれだけ祈ったのに、何も叶えてくれない。神も仏もない」と思うようになりました。
そんな時に、ある宗教を熱心に信じている友達が、信者を連れて私の家にやってきました。
友達がその信者のことを「この人は○○さんと言って子供3人も育てて、私のよき相談相手なんよ」と言いました。
その○○さんが「喫茶店で御茶でも飲みながら何か話をしませんか」と言いました。
私には当時ようやく歩き始めた1歳半の娘とやんちゃ盛りの2歳半の息子がいましたので「子供を連れて御茶なんか
できるわけないやん、あんたホンマに3人も子供育てたん?」と内心 腹が立ち、「ちょっと子供を連れて御茶するのは
大変なので結構です」と言いました。
すると○○さんが 「じゃあちょっと上がって良いですか?」と言いました。
私は「いきなり他人の家に来て、見ず知らずの人の家に上がろうとするなんて、なんて非常識な人だろう!」と頭に来ました。
私が断ると○○さんは「一人で悩むより、何でも話してみて。分かち合いましょうよ」と言いました。
友達もその宗教関係のビデオを観るように勧めました。私は「そんなもので解決できるもんじゃない!」と言いそうになるのを
こらえて、「今日は帰ってください」と言いました。友達と信者は渋々帰っていきましたが、私は情けなくて泣きそうになりました。
私の目にはその友達が、私生活の面において、とても幸せには見えなかったのです。
そんな友達に同情されているかと思ったら情けなくて悔しかったのです。
それ以来、宗教を持っている人、それを勧める人は大嫌いになりました。
そんな時期に、主人の転勤が決まりましたので、せいぜいしたのです。
転勤になれば、こちらでの家賃は会社負担になるので、まさに一石二鳥の転勤でした。
都筑区に来たのが6月、長女の幼稚園の初登園が9月で、バス通園でしたから、指定のバス停で、
決まった時間に待つようになりました。
そのバス停はシャローム保育園のバスも止まっており、そのバス停でマルチン先生と長野さんに出会いました。
私は特に挨拶もしませんでしたが長野さんの方から「こんにちは」と挨拶してくれました。
それからバス停で会えばマルチン先生と長野さんと話すようになりました。
シャローム保育園ってどんな保育園かインターネットで調べてみたらキリスト教の精神に基づく教育をしている
保育園と知りました。「ふーん・・キリスト教か。もう宗教をやっている人は懲り懲りだから
バス停だけのつきあいにしよう」と思いました。
しかし、こちらの警戒心とは裏腹に長野さんやマルチン先生がキリスト教の話をすることは全然ありませんでした。
ある時、長野さんが教会が主催する子育てセミナーに誘ってきました。
子育てセミナーのちらしを見ると講師の先生方はみな牧師でした。
私は「やばい、来たー!!これがきっかけで勧誘されて、洗脳されてしまう」と思いました。
私は言葉を選んだつもりでしたが、「あのすみません、これに行ったら勧誘されるんですか?」と
ストレートに聞いてしまいました。長野さんは嫌な顔一つせず「やめてよ、そんなことないよ。」と笑って言いました。
私はそのチラシをもらって家に帰り、色々考えました。私は宗教に関わりたくないのになぜ向こうの方から
やってくるのか・・。私はそんなに不幸に見えるのかな?その当時、宗教=不幸の始まりと思っていたからです。
「そんなに向こうの方から近づいてくるなら、受けて立ってやる、それで勧誘でもしようものなら
机の一つでも蹴飛ばして帰ってやる」と決心し、セミナーへ行くことにしました。
しかしこれもまた私の感情とは裏腹に、主にキリスト教信者の方達が子育てについて牧師先生の話を聞くものであり、
私はただ単にそこに招かれただけでした。
セミナーには3回出席しましたが、キリスト教の教えがところどころ出ていて、当時信仰を持っていない私にとっては
よく分からない話もあって特に心に残りませんでした。
それきり長野さんから教会に誘われることもなくバス停で顔を合わせるだけの関係で、時は過ぎてゆきました。
長野さんは「教会はいいよ、聖書はいいよ、神様はいいよ」など言って私に勧めるタイプでは全くありませんでした。
先ほどお話ししたように、過去に宗教勧誘でうんざりした経験がありましたので私はとても安心し、また信頼しました。
お正月を迎え、キリスト教と関係がない時間が過ぎていったある時、横田早紀江さんがクリスチャンであることを知りました。
横田早紀江さんとは13歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのお母様です。
政府が横田めぐみさんは自殺したと発表したとき、早紀江さんはマイクを手にとって「めぐみは犠牲になり使命を果たしました。
まだ生きていることを信じて続けて闘っていきます。めぐみを愛してくださった皆さまに心から感謝しています」と訴えたことは
皆さまの記憶に残っていると思います。
私は早紀江さんが訴えたこの言葉の重さに衝撃を受け、以来ずっと拉致事件に関心を持つようになりました。
早紀江さんは、めぐみさんが行方不明になって毎日死にたいと思っていたときに、いろんな宗教団体から先祖のたたり、
子は親の鏡などと言われて、より一層、暗闇の奥深くに突き落とされたそうです。そんな中で聖書のヨブ記を読んで励まされ、
悲しさだけからではない、不思議な感動の涙がとめどなく流れ落ちたそうです。
私は聖書にはどんなことが書いてあるのだろうか、何か人生について分かるのだろうか、知りたいと思いました。
聖書と言えば、キリスト教、ああそうだ、長野さんに聞いてみようと思いました。
長野さんはジーザスというビデオと、ルカの福音書が書かれた本と、新約聖書をプレゼントしてくれました。
ルカの福音書を一気に読み、今度は聖書を所々読みました。そんな読み方だったのに、自分の生活について照らし合わせられた、
聖書の言葉が心に残りました。
しかし、自分一人で読むには意味不明の部分などがあり、長野さんに相談したら、長野さんは水曜日の「聖書を読む集まり」に
誘ってくれました。毎週水曜日に開かれている女性のセルのことです。
そのセルで、天地創造をされた唯一の神様がいらっしゃると言うことは、すぐに理解できました。
「ああ!あなたが本当の神様でしたか!」とやっと巡り会えたような感動がありました。
でもどうしてもイエス様のことが理解できませんでした。なぜイエス様なの?イエス様はここにいる長野さんやウノクさん達の
ためには死んだかもしれないけど、なぜ私もなの?ああ、やっぱりここでつまずくんだな、私は何となくがっかりしました。
ヨハネ14章6節
「私が道であり、真理であり、命なのです。私を通してでなければ、誰一人父のみもとに来ることはありません」
「神様のことはすぐに信じられたのに、イエス様のことがわかりません。私は神様にいろいろ願い事を聞いてもらいたいんです。
それにはイエス様を信じなければだめなんですよね?私はイエス様のことを信じることに決めたので、どうか私に分かるように
教えて下さい」と祈りました。
祈ってから数日過ぎて、マーガレット・パワーズさんの「あしあと」という詩を読む機会がありました。
この詩は以前読みかけたことがあったのですが、意味がよく分からなくて途中で読み辞めたことがありました。
その詩を再度読む機会が与えられ、
「わたしの大切な子よ。わたしはあなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや苦しみや試みの時に。
あしあとがひとつだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた。」
という部分を読んだときに、瞬間涙がどっとあふれてきました。ぬぐってもぬぐっても涙が出てきました。
暗闇の中、苦しんでもうだめだと嘆き悲しんでいる私を、イエス様が私を負ぶって海辺を歩いているシーンが一瞬にして
思い浮かんできたのです。
私は「イエス様ありがとうございます。あの時も一緒にいて下さったんですね。」と感謝しました。
何とも言えない感動で心がじーんとするのが分かりました。
祈って数日でイエス様が生きておられ、今もなお私達と共におられると言うことが体感できたことは
素晴らしい恵みだったと思います。
今振り返ってみて、イエス様のことを信じて、全てが有益でした。
占いや風水、お祓いなどに凝っていたことがありましたが、今はそれも笑い話です。
イエスの、み名により、これらのものは、もはや私にとって必要はなくなりました。
神様なのに、生まれる場所さえ拒否され、不衛生で汚い馬小屋でお生まれになり、
自分とは全く関係のない罪のために磔の刑にあった、これは神様がこんなに屈辱的な生い立ちをたどらなければ、
あがなえないぐらい人間の罪が重いということなのではないかと思います。
それでもなお神様は私達を愛してくださり、今も心の扉の前で待っておられるのです。
ヨハネ15章5節
「私はぶどうの木で、あなたがたは枝です」
今までの私は地面に落ちた枝でした。寿命が来たら火葬されるのみでしたが、イエス様が神様であるぶどうの木に挿し木
してくださったことにより、生き返り、永遠の命を与えられ、何度も実を結ぶことができるようになったのです。
神様、私を選んでくださってありがとうございます。
このような素晴らしい恵みを下さった神様に心から感謝しています。アーメン。