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みことばが生活の中で実際となる
せっかくいただいた主の恵みをよくこぼしてしまう。どうしたら恵みに生かされて、聖書のみことばが自分の内に実際となって来るだろうか。宋姉はご主人より運転が上手である。ご主人はいまも駐車するのが下手である。以前二人は車の中でよく喧嘩をしていた。ある日彼女は一人で自分を吟味して見た。なぜ同じことで喧嘩を繰り返しているのか。
その時自分についての悟りが与えられた。醜い自分を認めることは光の中に導かれることである。すぐ暗闇が逃げてしまう。彼女は、自分ではその喧嘩をやめることにしても、自分の力ではできません。主よ!あなたにお委ねしますと祈った。宋姉は車の中でつい喧嘩してしまうどうしようもない自分を主に差し出し続けた。私には出来ません。主がなしてくださいと主にすがり続けた。ついにみことばは彼女の生活の中で実際となって来たのである。自分の性格がそうだからしがたないといいわけして諦めたり、人のせいにしたりするとみことばは自分のうちに根を下ろし、実を結ぶことがないだろう。ITの寵児だった板倉雄一郎さんの話を読んでみた。彼は倒産のいきさつを「社長失格」にていう。「僕が復活できたのは、自分がばかだったと認めてから」と。主に聞きながら自分を吟味すると、自分についての悟りが与えられる。それを認めて主に委ね続ける。私には出来ません。主がなしてください。すると主がなしてくださる。ペテロは自分の経験ではなく主のみことばに頼ったとき、自分についての悟り(ルカ5:8)が与えられ、みことばが実際となることを見たのである。みことばが実際となり私たちの家庭と教会が愛と尊敬に溢れるように。