人生のプロセス

道を歩いて行くと、“工事中ご迷惑をかけて申し訳ありません”という看板を目にすることがある。完全な者は一人もいない。みんな工事中なのだ。それでよく自分も知らずご迷惑をかけてしまうことがたびたびあるのではないか。確かに私たちは困難と混乱が待ち構えている人生のプロセスの真ん中にある。創世記42章から45章の間のストーリの展開を見るととても面白い。ヨセフの兄たちは食糧を買うためにエジプトにいったのですがいろいろな出来事が起こる。エジプトの総理大臣が自分たちの弟のことを聞くとは夢には思わなかった。それからシメオンが人質になってしまったこともそうだ。自分たちが払ったはずの食糧の代金の銀がそのまま自分たちの旅行カバンにはいってあった。びっくり仰天の連続!いったいことがどうなるのかがわからなくなった。それからベニヤミンの袋に総理大臣の銀の杯がはいってあったとんでもないことが送ってしまったのだ。そういうはずではなかったことが次々と起こった。戸惑う兄たちにヨセフはすぐ自分がヨセフであることを告げなかった。答えをすぐ出してくれなかった。ヨセフは自分を奴隷として売った兄たちが本当に変わったのかをプロセスを通して確かめようとしたのだ。そのプロセスを通して、ヨセフと兄弟たちはついに真の和解に至るようになり、兄たちはひどい飢饉の中でも神様の特別の恵みの手に守られるようになったのだ。私たちは先が見えない人生のさまざまなプロセスの中にある。しかし大丈夫。その中でイエス様を通して神様に赦された存在として、家族や親戚、友人や人々の付き合いの中で悔い改めにふさわしい実を結びながら、イエス様の姿に変えられていくのだ(ローマ8:28,29)