真理を結論にする生活(詩編119:109-112)

詩編119編を読んでいると彼の主に対する全身全霊の心が強く伝われる。
神は彼のことを“私の心にかなった者”であると言われた。ダビデは心を尽くして主の真理を求めた。
彼はいつもいのちの危険にさらされながらも、その危ない状況に呑まれることがなかった。
どんな状況の中でも主のみことばが彼の結論だった。そして常にそのみことば、その真理に生きることに
心を傾けた。いつまでも、終わりまでも。人も変わるし、状況(context)も変わります。
しかし真理である主のみことば(text)は変わりません。主のみことばを結論にして生きることは
ただ信仰によって歩む時初めて可能となる。信仰は神様の恵みによるものである。
主の恵みは十字架の主イエスを見上げる時私たちの心に注がれる。
今週一晩状況の厳しさを肌で感じながらも、主の約束を思い起こしながら、祈った。心を注いでいると
平安が訪れる。主の約束が見える。

“先の事どもを思い出すな。昔のことどもを考えるな。
見よ、私は新しいことをする、今、もうそれが起ころうしている・・
確かに、私は荒野に道を、荒地に川を設ける”(イザヤ43:18,19)